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施設の現状

私が実習したのは児童養護施設だったが、赤ちゃんから高校生までいるところだった。


毎日毎日集団行動。
朝礼もあり、終礼もある。
なんでも団体行動で、家のようにゴロゴロしたりわがままが言えない。決してその施設が悪いわけではない。集団で百何十人と抱える施設にとって、子どもたちを育てていくには何か行動する時間や終身の時間は決まっている。そしてグループが決められ、毎日終礼があり、今日の反省と明日のことを話し合いしたりもした。

そんな毎日合宿のような生活に、自分がマッチせず、戸惑った。
命を守るため、命を引き受けるには責任が必要。
集団で生活していくために、集団行動をする。
大事なことといえ、子どもたちは非家庭的なところで、家庭的な甘えかたも知らず生活している。
いま中途半端な私が入り込むには少し覚悟が足りないと思った。


ひとまず幼稚園教諭を経て、普通の子どもをクラス運営するところから私の仕事は始まった。

小さい頃からの夢

私の最初の将来の夢。


それは、助産師さんになることだった。

小学校一年生のときに、作文にそう書いてある。
理由は兄弟が多く下の子たちが産まれるのを次々とみてきて、必然と助産師の仕事も目の当たりにする機会も多かったからだ。

私の母はいつもいう。
「兄弟仲良くしなさい。大切な命大事にしなさい。」と。 
  
それから、普段もよく命についてよく話してきた。
「世の中には戦争で飢えて食べ物が食べられない子どもがたくさんいるの。だから物を粗末にしたり、食べ物を好き嫌いしてはダメよ。」

そんな言葉を子どもながら真に受け止めていた。




時が過ぎ、小学校高学年のころ、助産師に加え、幼稚園の先生にも憧れをもっていた。
どちらかになると思っていたが、進路を考えるとき、幼稚園の先生はイメージもつきやすく、何をすれば先生になれるかがすぐわかり、いつの間にか幼稚園の先生になる方向へとすすんでいった。


でも心の片隅には恵まれない子ども達への心配がいつも離れずにあった。

 
そんな中、幼児教育へをコマをすすめた私は、乳児院や、児童養護施設にも興味をもち、実習をしながら、就職してみようか、ホントに迷った。


でも、現実は甘かった…